2026.07.23
トーマス・ルフ ── 星を撮らずに星の写真家になった男
星の写真で名を上げた写真家が、その星を一枚も自分で撮っていない。
トーマス・ルフは1958年生まれのドイツの写真家だ。デュッセルドルフの美術大学で、無数の給水塔や工場をひたすら記録した写真家夫妻、ベルントとヒラのベッヒャーに学んだ。同じ教室からは、後に世界の写真家として名を並べるアンドレアス・グルスキーやトーマス・シュトゥルートも出ている。ルフはベッヒャー派の一人だ。
彼は子どもの頃から星に夢中だった。ところが夜空を自分のカメラで撮ろうとしても、強力な望遠鏡を持たない素人には、プロの撮る星空にはどうやっても届かない。
そこで彼は、撮るのをやめて、買った。1989年、南米チリのアンデスにあるヨーロッパ南天天文台が撮りためた星空のネガを、まとめて手に入れる。可視宇宙をくまなく記録するために、特殊な望遠レンズで撮られた観測用のフィルムだった。芸術のためではなく、科学のための一枚一枚だ。
ルフは買ったフィルムの中から目に留まったコマを千枚以上選び、29センチ四方のネガを、縦横2メートルを超える巨大なプリントへ引き伸ばした。連作《Sterne(星)》。1989年から92年にかけての仕事だ。
面白いのはタイトルの付け方だ。一枚ごとに「08h 52m/−45°」といった、天体の座標がそのまま題名になっている。赤経と赤緯。つまり、その気になれば天文学者が望遠鏡を向けて、同じ空の一角を探し当てられる数字だ。
だから彼の星空は、二つの顔を同時に持つ。壁の前に立てば、本物の夜空の下にいるような、私的で果てのない眺め。けれど中身は、他人が機械で撮った観測データを選んで引き伸ばしただけの、座標付きの目録でもある。撮っていないのに、どんな星空の写真より夜空そのものに見える、という人は少なくない。
見上げること自体は、誰にでもできる。難しいのは、見上げた眺めを自分のものとして手元に持つことのほうだ。望遠鏡を持てなかった少年は、撮る代わりに、選ぶことでやってのけた。
夢現の狭間 泳いだら ほら 心のシャッター切って Send it over 気分はトーマス・ルフ 見上げれば Sterne 波の音は押したり引いたりする 笑い声は部屋を満たして spilling over the roof
——RAq「Sunset Vibes」
▷ この曲を聴く https://big-up.style/BzWaEIMgCN
RAq Profile https://mybase.fan/raq
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