2026.07.24
ダリの溶ける時計 ── チーズから生まれた
世界で最も有名な時計は、たぶん時刻を指していない。文字盤はぐにゃりと溶け、木の枝や台の角に、脱いだ服のように垂れ下がっている。サルバドール・ダリが1931年に描いた《記憶の固執》——「溶ける時計」「柔らかい時計」の名で知られる一枚だ。
この時計が何から生まれたか、ダリ本人が自伝『わが秘められた生涯』で明かしている。ある晩、彼は珍しく疲れて軽い頭痛を抱えていた。夕食の締めは、よく熟した強いカマンベール。妻ガラが映画に出かけたあと、彼は食卓に残り、とろけて崩れたチーズの「超・柔らかさ」についてぼんやり考え込んだ。そのままアトリエへ行き、描きかけの絵(ポルト・リガトの入り江に沈む夕日と、一本のオリーブの木)を眺めているうちに、枝から力なく垂れる柔らかい時計が見えたという。ガラが二時間後に帰ってくると、絵は仕上がっていた。
ダリはこの時計を「時間のカマンベール」と呼んだ。
実物は驚くほど小さい。縦横およそ24センチと33センチ、ノートより一回り大きいだけの板だ。今はニューヨーク近代美術館にある。画面には溶けた時計がいくつかと、閉じた懐中時計に群がる蟻(腐敗のしるし)が描かれている。
美術史家たちは、アインシュタインの相対性理論だ、時間の相対性だと解釈を重ねた。だがダリは、それらの解釈を面倒くさそうに退けている。あれは日向で溶けたチーズだ、と。かたい針とかたい文字盤で刻まれるはずの時間が、熱でゆるみ、形を失う。
私たちが時計を見るのは、たいてい時間をきっちり管理するためだ。ダリの時計は、時間の管理とは逆をやってみせる。張りつめたものがほどけて、時間そのものがだらしなく溶けていく。
要らない心配、くだらない見栄張るより話を聴きたい、なんて思ったり サルヴァトール・ダリの描く時計みたいにとろけていく記憶の中身 ずっと昔、あの頃のような温かみの中に oh, why can’t life always be this easy…
——RAq「ダリの描く時計」
▷ この曲を聴く https://raq-official.com/?p=82
RAq Profile https://mybase.fan/raq
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