2026.07.14
ウォルター・ミティ ── 動かない男の名前を、映画は動かした
英語には、実在の人物ではなく、たった一つの短編小説の主人公から生まれた「性格」を表す言葉がある。「a Walter Mitty」がその言葉だ。
始まりは1939年3月18日、雑誌ニューヨーカーに載ったジェームズ・サーバーの短編『The Secret Life of Walter Mitty』(邦題『虹をつかむ男』)。主人公ウォルター・ミティは、妻に小言を言われながら車で買い物に付き合わされるような、どこにでもいる冴えない中年男性だ。ただし頭の中だけは別で、ちょっとした隙間で戦闘機のパイロットになったり、名外科医として大手術をこなしたりする。傍目にはただの空想癖のおじさんにしか見えないのに、本人の中では毎日ヒーローをやっている。
この物語のおかげで、「a Walter Mitty」は人名を離れて辞書に載る言葉になった。American Heritage Dictionaryはこの言葉を「日々の空想の中で個人的な栄光の勝利に耽る、平凡でしばしば無力な人物」と定義し、Merriam-Websterも「空想に逃避する、平凡で冒険心のない人物」としている。つまりこの言葉の核は、空想はするけれど現実では一歩も動かない人、というところにある。原作の結末も、その核心に容赦なく戻ってくる。ミティは最後まで頭の中でしか英雄になれず、現実は変わらず冴えないまま幕を閉じる。
ところが2013年、この物語自体が映画化されたとき、話は真逆に転がった。ベン・スティラーが主演・監督した『LIFE!/ライフ』(原題も同じThe Secret Life of Walter Mitty)では、主人公は物語の途中から本当に動き出す。グリーンランドで酔っ払ったパイロットが操縦するヘリコプターに実際に飛び乗り、氷の海にも実際に飛び込む。ウォルターの行動はもう空想ではなく、正真正銘のものだ。rogerebert.comに寄稿したグレン・ケニー氏はこの映画を、サーバーの「徹底して悲観的な小さな寓話」とは対照的な、can-doな楽天主義だと評した。映画評論サイトDeep Focus Reviewのブライアン・エガート氏も、新しい冒険をこなすたびにウォルターが空想する必要を失っていくにつれて、映画がサーバーの原作からどんどん離れていくと指摘している。
「空想はするが動かない人」を意味するようになった名前が、その名前の由来となった物語自身のリメイクによって、「動く人」の話に書き換えられた。辞書の中のウォルター・ミティは今も足を止めたままだが、スクリーンの中の彼はとっくに飛び出している。
Aye 何もかも見えすぎて 自分が些末な存在に思えて / 無力感を覚える日があっても / そのフロンティアの存在を祝おう
——RAq「Marco Polo」
▷ この曲を聴く https://big-up.style/OJ7DRgv9HN
RAq Profile https://mybase.fan/raq
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