2026.07.13
アル・カポネ ── 人を殺した罪では、ついに捕まらなかった男
1931年、シカゴで屈指の恐れられた男が実刑を受けた。罪状は殺人でも密造酒の販売でもなく、確定申告漏れだった。
アル・カポネは禁酒法時代のシカゴを仕切った犯罪組織のボスだ。密造酒の流通、賭博、売春、そして敵対者への暴力で名を知られていた。だが連邦当局は長年、彼を本来の重罪では有罪にできずにいた。証人を買収し、脅すのがカポネのやり方で、殺人にも恐喝にも証言する人間が誰も残らなかった。
そこで捜査当局は方針を変える。狙ったのは、彼の本業ではなく帳簿だった。1931年10月17日、カポネは連邦所得税の脱税など22件の罪で起訴されたうちの5件──脱税3件と申告義務違反2件──で有罪となる。1週間後の10月24日、当時としては前例のない11年の実刑が言い渡された。彼はかつてこう豪語していたと伝わる。「合法の税金を、違法な金から取れるわけがない」。
その豪語を崩す仕掛けは、カポネが捕まる何年も前から、彼とは面識も接点もない場所で仕込まれていた。仕込んだのは当時の司法省次官補メイベル・ウォーカー・ウィルブラントだ。彼女は「違法な取引で得た金であっても、所得である以上は課税できるはずだ」という理論を温めていて、その理論を実際の法廷で試す相手として選んだのが、サウスカロライナで小さく密造酒を売っていただけの無名の男、マンリー・サリバンだった。
サリバンは違法な酒の売上を申告しなかった罪で起訴され、地裁は彼を有罪とした。彼は「違法所得の申告を強制するのは、自分に不利な証言を強いる行為であり憲法違反だ」と主張して控訴し、1926年、第4巡回区控訴裁判所はこの主張を認めて有罪判決を破棄する。ところが1927年、連邦最高裁はオリバー・ウェンデル・ホームズ判事の意見で、この控訴審の判断をさらに覆した。違法な取引で得た金であっても所得には変わりなく、申告拒否の理由にはならない、という判断だった。
最高裁のお墨付きを得たウィルブラントの理論は、数年後、IRSの捜査官フランク・ウィルソンらがカポネの資金の流れを追う際の法的な根拠として使われることになる。
アメリカ史上有数の恐れられたギャングのボスを沈めたのは、彼が名を上げた暴力でも密造酒でもなく、地味な税務会計だった。しかもその立件を可能にした法理は、カポネ本人が捕まる何年も前、彼とは面識も接点もない一人の密造酒業者を実験台にして、司法省の一人の検事が何年もかけて仕込んでいたものだった。
I'm so rebel / Feeling like Capone
——RAq「Capone Flow」
▷ この曲を聴く https://big-up.style/OoPq6IrhLH
RAq Profile https://mybase.fan/raq
ファンになってお知らせを受け取る
RECENT NEWS
配信の一時停止のお知らせ
後楽園 ── 「後で楽しむ」が遊びの街になるまで
シティ・トゥ・シティ ── ヒット盤の裏にあった夜行列車
ルサンチマン ── 怒りが性格へ変わるとき
ゴブリンモード ── 架空の見出しが掴んだ時代の本音
