Weekday B. Morning

2026.07.17

赤紙 ── 届いたのは、はがきでも赤い紙でもなかった

「赤紙」と聞くと、たいていの人は真っ赤な紙を思い浮かべる。だが戦争末期に実際に配られていたものを見ると、赤というよりくすんだピンクに近い。

召集令状が「赤紙」と呼ばれるようになったのは、陸軍省が発行するこの令状に赤色の紙を使っていたからだ。当初はかなり濃い赤だったとされる。ところが戦争が長引くにつれ、紙や染料をはじめあらゆる物資が不足していく。令状の色も例外ではなく、赤い染料は徐々に節約され、地色は年を追うごとに薄くなっていった。つまり「赤紙」という呼び名だけが独り歩きし、実物はどんどん赤紙らしくなくなっていったわけだ。

配達のされ方にも、名前からは想像しにくい厳格さがある。令状は各地の警察署の金庫に密封されたまま保管され、動員が発令されると警察官が令状を持って市区町村役場へ向かう。役場では「兵事係」と呼ばれる職員が令状を受け取り、本人の自宅まで直接手渡す。郵便配達人が届けるものではなかった。国家が個人を戦地に送り出すという行為の重さの分だけ、経路も人の手で厳重に管理されていた。

この「直接手渡し」という事実を知ると、もう一つ広く知られた言い回しの正体も見えてくる。「お前らの命は一銭五厘」という表現だ。この表現は評論家の花森安治が、自身の二等兵時代の体験として戦後に書き残したもので、教育係の軍曹に「貴様らの代りは一銭五厘で来る、軍馬はそうはいかんぞ」と怒鳴られたという逸話に由来する。一銭五厘とは、当時のはがき一枚の郵便料金だ。兵士の命の軽さを、そのはがき代にたとえた比喩である。花森自身、実際には一銭五厘もかからなかったと書き添えてもいる。

ところがこの比喩は、いつしか「赤紙は一銭五厘のはがきで届いた」という話にすり替わって広まった。実際には、令状は警察から役場、役場から本人へと、人の手を介して直接届けられるものだった。郵便で届くことは、基本的になかった。命の軽さを語るための言葉が、いつの間にか配達方法そのものの記憶にすり替わっていた。

名前は色褪せ、比喩は史実の顔をして残った。赤紙という四文字が背負っていたのは、色の話でも郵便料金の話でもなく、その両方がずれていく過程そのものだったのかもしれない。

俺の grand grand daddy / 国から来た 赤紙 / 生まれたばかりの / じいちゃん残して 渡った海 / 手には機関銃 その用途は何? / Just for the killin'

——RAq「Son Of The Killers」

▷ この曲を聴く https://big-up.style/MPJVZ4Rero

RAq Profile https://mybase.fan/raq

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