2026/7/8
タレス ── 冬に搾油機を買い占めた哲学者
紀元前6世紀の冬、ミレトスという街で、ある男が誰も欲しがらない機械の使用権を静かに買い集めていた。オリーブの搾油機。夏の収穫期にしか出番のない道具を、まだ寒い時期に、しかも競う相手が一人もいない状態で押さえていく。 男の名はタレス。「哲学の祖」「ギリシア七賢人の一人」と呼ばれる人物だが、当時の評判は違った。哲学なんて金にもならない暇人の道楽だ、と周りに笑われていたらしい。 タレスがやったのは、こうだ。星の動きを観察して、その年のオリーブが豊作になると読んだ。まだ誰もその豊作予測を立てていない冬のうちに、ミレトスとキオスにある搾油機の使用権を、わずかな手付金で確保しておく。競争相手がいないから、値段は言い値に近い。そして収穫の季節が来ると、街中の農家が一斉に搾油機を必要とする。持っているのはタレスだけ。彼は今度は自分の言い値で貸し出し、大きな利益を手にした。 このタレスの話はアリストテレスが『政治学』に書き残している。ただし、書いた狙いは「タレスはいかに賢いか」を伝えることではなかったらしい。アリストテレスの結論はむしろ逆で、「哲学者はその気になればいつでも金持ちになれる。ただ彼らの関心は別のところにある」という話として持ち出している。つまり金儲けは哲学の目的ではない、という一種の逆説として使われた逸話だった。 面白いのは、この逸話のその後の使われ方だ。現代の金融史やオプション取引の解説では、この逸話がしばしば引用される。価格が動く前に「使う権利」だけを安く先に押さえ、必要になったら自分の条件で使う、あるいは貸し出す——この仕組みはコールオプションの発想そのものだからだ。もちろん「世界最古の先物取引」というのは後世の金融ライターがつけた見出しであって、歴史上の確定した記録ではない。それでも、この構造だけは2600年前から変わっていない。 金には興味がないと示すために語られた話が、今では金融の教科書に載っている。 > 換金する哲学 まるでタレス ——RAq「Reminder Flow」 ▷ この曲を聴く https://big-up.style/m6vTy5HGkG RAq Profile https://mybase.fan/raq
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